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東京地方裁判所 平成3年(ワ)741号 判決 1991年8月28日

原告

エルベックス・ヴィデオ・リミテッド

右代表者

ヨハイ・アミディ

右訴訟代理人弁護士

山田克己

山田勝重

被告

株式会社朋栄

右代表者代表取締役

清原慶三

右訴訟代理人弁護士

蓑原建次

山下清兵衛

三好啓信

梅野晴一郎

主文

一  原告の本件訴えのうち金銭の支払いを求める部分を却下する。

二  原告のそのほかの請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、一億三四〇〇万円、うち五二〇〇万円に対する昭和六〇年四月一日から、うち七二〇〇万円に対する昭和六二年三月二五日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原被告間の一九八三年三月二五日付エージェンシー・アグリーメント第一一条の仲裁条項は効力を失ったことを確認する。

3  訴訟費用被告負担、仮執行の宣言

二  被告

1  主位的に訴却下、訴訟費用原告負担の判決を求める。

2  予備的に請求棄却、訴訟費用原告負担の判決を求める。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、イスラエル共和国法に基づき適法に設立され存続している会社であり、イスラエルにおいて同国内外の主として電気製品の輸出入、売買及びその仲介等を業としている。

被告は、電子機械器具又は電子応用機械器具及び電子計測器、電子情報処理装置の製造販売等を業とする株式会社である。

2  独占的販売代理店契約と販売手数料支払の合意

原告と被告は、一九八三年三月二五日付エージェンシー・アグリーメント(以下「本件契約」という。)を締結することにより、概要左記のとおり合意した。

(1) 被告は、原告をイスラエルにおける被告の製品の独占的販売代理店に指名し、イスラエルにおける被告の製品の販売を一手に取扱わせることとし、原告は被告の製品のイスラエルにおける販売拡大に努力する。

(2) 契約有効期間は一九八三年三月二五日から三年間とし、いずれかの当事者が右期間満了の六〇日前までに契約終了の意思表示を書留郵便による書面で通知しない限り更に一年間自動更新される。

(3) 原告による被告の製品の販売方法としては、原告が指定した卸売及び小売業者ならびに顧客(以下「指定業者」という。)に対して、被告が原告の承認を得て直接被告の製品を販売するという方法によることができる。

(4) 右(3)の方法をとった場合には、原告は被告が指定業者に対して販売した被告の当該製品の輸出の価格表記載の輸出代金と同代金額の八〇%の金額との差額、もしくは被告の実際のインボイス(送り状)価格と同価格の八〇%の金額(ネット・プライス)との差額を、販売手数料(コミッション)として被告から支払を受けることとする。

(5) 被告と指定業者との個々の取引については、被告はその取引内容及び通信内容を全て原告に事前に通知し、原告の指示を受けるものとする。

3  被告とGK社間の取引

(1) 原告は、原被告間の前記の合意に基づいて同年四月八日、ジー・ケー・インポート・アンド・トレーディング・リミテッド(以下「GK社」という。)を指定業者に指名し、前項(3)の販売方法、すなわち被告から直接その製品をGK社に販売納入する方法によることを被告に通知した。

(2) ところが、被告は同年一一月頃から原告の具体的な指示を得ないでGK社との取引を行うようになった。原告はその後再三にわたり被告に対してGK社との取引の有無を問い合わせたが、被告は僅かな取引しかないとしか答えず、原告の度重なる催告にもかかわらず、GK社との取引の資料を提出しなかった。

(3) しかるに、一九八五年三月一九日、被告はGK社との間で、GK社に対しイスラエルにおいて被告を代理して被告の製品を販売する権限を与えることを主たる内容とするディストリビューターシップ・アグリーメント(販売権契約)を締結し、もって原告の有する前項の独占的販売代理権を侵害した。

(4) 他方、原告は、被告に対し、同年四月ころ、GK社を指定業者から解任する旨を通告した。

(5) 而して、被告は、原告に対し、一九八五年八月六日付書面をもって前項記載の本件契約の有効性を確認し、かつ、その期間を一九八七年三月二四日まで一年間延長する旨約した。

4  原告の販売手数料支払請求権及び損害賠償請求権

(1) 原告が被告から受けるべき販売手数料額は、一九八三年四月から同年八月までの五か月間で、約一五〇〇万円(月平均約三〇〇万円)であり、その後被告とGK社間の取引額は増大する傾向にあったから、同年九月から原告がGK社を指定業者から解任する前月である一九八五年三月までの計一九か月間に少なくとも五七〇〇万円の販売手数料債権が発生していることは確実であるところ、被告は、原告の督促に応じて一九八三年一〇月一四日右手数料のうち五〇〇万円を支払った。

(2) 更に、原告がGK社を指定業者から解任した一九八五年四月から被告との間で延期された本件契約の期間が満了する一九八七年三月二四日までの計二四か月間には、被告が契約通りの行動をとっていれば、少なくとも前項で示した月平均約三〇〇万円を超える利益をあげることができたはずであり、その得べかりし利益は少なくとも七二〇〇万円となる。したがって、被告は原告に対して右金額を賠償する責任を負っている。

(3) 被告は、原告に対する一九八五年一二月一九日付書面により、前項(5)の期間延長の約定に反し、本契約を一九八六年三月二五日以降更新せず、終了させる旨の意思表示をし、かつそれ以降被告とGK社との間の取引に関する資料の提出を拒絶しており、また原告に対して約定販売手数料の支払をしない。

(4) 加えて、原告は、以上に述べた被告の債務不履行により、信用の毀損そのほかの無形的損害として一〇〇〇万円の損害を被った。

5  仲裁合意の失効

(1) 被告の主張1の(1)及び(2)並びに2の(1)の事実は認める。

(2) 前訴判決後の原被告間の仲裁の経緯は、次のとおりである。

ア 原告が弁護士菊地武を、被告が弁護士細井為行をそれぞれ仲裁人に選任し、仲裁手続が開始した。

イ 両仲裁人は、平成元年三月一日、仲裁規則を昭和六三年七月四日に遡って施行するものとして定め、原告に一般事務実費引当金一〇〇万円及び仲裁人報酬金七〇〇万円、被告に仲裁人報酬金七〇〇万円を支払うよう催告した。

ウ 原告は、仲裁人が一方的に規則及び料金を決めたこと、料金が不当に高額であることに異議を申し立てた。

平成元年六月一三日に従前の原告代理人弁護士が辞任し、翌一四日に原告選任の菊地仲裁人が辞任の意思を表示した。

その後、平成元年一一月二二日、被告選任の細井仲裁人も辞任の意思を表示した。

エ 原告は、平成元年一二月一九日、被告に、常設の仲裁機関における仲裁人により解決することを提案したが、被告は直ちにこれを拒否した。

オ 原告は、平成二年八月一四日ころ、仲裁人としてイスラエル人ハセット・アヴィラムを選定した旨を被告に通知した。被告は、平成二年八月一六日ころ、原告に対し、民事訴訟法七九三条第一により仲裁契約は失効しているので仲裁手続に応じる意思はないと回答した。

(3) 本件契約第一一条の仲裁合意は、次の理由により失効した。

ア 民事訴訟法七九三条第一の類推適用

原被告間の仲裁契約で仲裁人が欠缺したときのための予定を定めていなかったところ、菊地、細井両仲裁人の辞任により仲裁人が欠缺した。

イ 仲裁契約の法律の規定に基づかない失効

平成二年八月以降、原被告双方が共に仲裁を続ける意思を失った。このような場合には仲裁合意は失効と解するべきである。

ウ 信義則違反

被告が仲裁合意の効力の存続を前提とする主張をすることは、次の点を考慮すると、信義誠実の原則に違反し許されない。

被告は、原告が仲裁を進めようとすると仲裁に応じる意思はないと述べ、原告がイスラエル人の仲裁人を選任すれば適切な手続の進行を阻害するから不当であると主張し、原告が訴訟を進めようとすれば仲裁契約の抗弁を提出し、本件紛争の解決をいたずらに引き延ばそうとしている。原被告が改めて選任した仲裁人間で仲裁規則を作成し協議を始めていくことは費用と時間の著しい浪費であり、また被告の不誠実な対応が今後も予想されることも考慮すると、仲裁による本件紛争の合理的解決はとうてい期待できない。

6  結論

よって、販売手数料の支払に関する約定に基づき、販売手数料五二〇〇万円及びこれに対する弁済期以後である昭和六〇年四月一日以降支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金、被告の債務不履行に基づく損害賠償金として八二〇〇万円及びうち七二〇〇万円に対する弁済期以後である昭和六二年三月二五日以降支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の各支払を求め、かつ、仲裁条項の失効の確認を求める。

二  被告の主張

1  前訴判決の既判力

(1) 本件訴訟は、原被告間の東京地方裁判所昭和六一年ワ第七二八二号事件と、当事者及び訴訟物が同一の訴訟である。

(2) 東京地方裁判所は、昭和六三年八月二三日、右事件につき、訴却下判決を言い渡し、右判決は、同年九月一三日に確定した。

右判決の理由は、原被告間の本件契約には仲裁条項が存在するが、右事件における原告の請求は本件契約に関連する紛争であるから訴えの提起に先立ってまず全ては仲裁により解決を図られるべきものであり、前訴請求は訴えの利益を欠き不適法である、というにある。

(3) したがって、本件訴えが訴えの利益を欠くということは、前訴判決の既判力により確定しているので、本件訴えは却下されるべきである。

2  仲裁契約の存在

(1) 本件契約第一一条には、「本契約又はその違反により生じ又は本契約又はその違反に関し生じたいかなる紛争、論争、請求又は疑義についても、法定の裁判所に訴えを提起することなく、法に従って仲裁により判断される。」という内容の仲裁条項が存在する。

(2) 本件訴えは、本件契約に関連する紛争として仲裁により解決されるべきものであり、訴えの利益を欠き不適法であるから、却下されるべきである。

3  原告の主張に対する認否、反論

(1) 請求の原因5の(2)の事実は認め、5の(3)の主張は争う。

(2) 仲裁人からの、一方的辞任は、合理的理由がない限り、許されない。本件における菊地、細井両仲裁人の辞任の意思表示は、効力を生じない。

(3) 前訴判決後の仲裁手続における、仲裁人による仲裁規則の制定、報酬の請求、原告に対してだけの一般事務実費引当金の請求に不当な点はない。

原告によるイスラエル人ハセット・アヴィラムの仲裁人への選任は、平成元年一二月に被告が原告に対し常設の仲裁機関の仲裁人による解決を拒否する通知をした後八か月も経過してからの選任であり、しかもイスラエル在住のイスラエル人を選任するという点において費用及び時間の浪費をもたらし適切な手続の進行を阻害するものであり、原告の不誠実な態度を示すものである。

被告が、平成二年八月一六日ころ、民事訴訟法七九三条第一により仲裁契約は失効しているので仲裁手続に応じる意思はないという表現を使ったのは、以上のような原告の不誠実な態度を非難するために述べたものにすぎない。被告は、仲裁を進める意思を有している。

(4) 仲裁契約の法律によらない失効の法理は、仮にそのような法理が適用される場合があるとしても、極めて例外的な場合に限定して適用されるべきである。本件のような場合には、適用されるべきではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一まず、被告の主張について検討する。

1  被告の主張1の(1)、(2)の事実は、当事者間に争いがなく、また、証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨によりこれを認定することもできる。

2  そうすると、前訴判決は、原告の本訴請求については、本件契約中に仲裁合意が存在するため訴の利益を欠くという判断につき、原被告間において、既判力を有するものというべきである。

3  原告は、右既判力の標準時以後の右仲裁合意の失効を主張するので、この点について検討する。

(1)  民事訴訟法七九三条第一の類推適用について

民事訴訟法七九三条第一は、契約において一定の人を仲裁人に選任した場合に適用される規定である。証拠(<書証番号略>)によれば、本件契約においては一定の人を仲裁人に選任していないことが認められるから、本件仲裁合意には、右規定は適用されない。また、右規定を本件のような場合に類推適用することも相当でない。したがって、原告の右主張は、理由がない。

(2)  仲裁契約の法律の規定に基づかない失効について

請求の原因5の(2)の事実は、当事者間に争いがない。

前記争いのない事実、証拠(<書証番号略>)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

ア 原告の従前の代理人弁護士が辞任し、原告選任の菊地仲裁人が辞任の意思表示をした平成元年六月以降一年以上経過した平成二年八月に、原告がイスラエル在住のイスラエル人を仲裁人として選任した旨の通知をしてきた。

イ 被告は、イスラエル在住のイスラエル人を仲裁人とする仲裁手続に応じる義務はないと考えた。そこで、被告は、原告に対し、右通知に対する回答として、仲裁契約は失効している旨の記載のほか、西村弁護士を仲裁人として選任する旨の記載及び「かかる仲裁手続に応ずる意思はなく、原告において、あくまでも仲裁を望まれるなら、仲裁不許可の訴を提起する所存であります。」という内容の記載のある通知をした。

以上の事実によれば、被告は仲裁を続ける意思を失ったものではなく、イスラエル在住のイスラエル人を仲裁人とする仲裁手続に応じる義務はないと考えるが、そのような仲裁手続に応じなければならないという公権的判断がなされたときには被告選任の仲裁人として西村弁護士を選任するという判断をしたに過ぎないものというべきである。

したがって、被告は仲裁を続ける意思を失っていないから、原告の仲裁契約の法律の規定に基づかない失効の主張は、その前提を欠き、理由がない。

(3)  信義則違反について

被告はイスラエル在住のイスラエル人を仲裁人とする仲裁手続に応じる義務はないと主張しているに過ぎず、一切仲裁手続に応じる義務はないと主張しているものではないことは、前記説示のとおりである。

被告がイスラエル在住のイスラエル人を仲裁人とする仲裁手続に応じる義務はないと主張すること自体は、被告が仲裁合意の効力の存続を前提とする主張をすることを信義則違反とするほどの事情には該当しないものというべきである。

そのほかに、被告が仲裁合意の効力の存続を前提とする主張をすることが信義誠実の原則に違反するということを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告の信義則違反の主張は、理由がない。

(4)  なお、原被告間において一旦開始された仲裁手続が現在どのような法的状態にあり、今後どのように取り扱われるべきかということについては、別途の訴訟において解決されるべき問題であり、本件訴訟において判断すべき問題ではない。

二結論

以上の認定判断によれば、原告の申立のうち金銭の支払いを求める部分は本件契約中に仲裁合意が存在するため訴の利益を欠くのでこれを却下することとし、原告の申立のうち本件契約第一一条の仲裁条項の失効の確認を求める部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官野山宏)

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